Dog ears

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無題

 ネット社会や電子機器の発展が著しい昨今、Kindleを通して電子書籍を当たり前に購入するようになって久しい。
 かつては近所の書店に足繫く通い、3、4日に一度は紙の文庫を購入していた自分も、Appleの波及力に負けていつの間にかiPadを持ち歩くようになり、既に2回ほど買い換えている。
 中学一年の頃からPCを弄っていた身としてそれは当然の流れだった気もするが、紙の本の魅力に憑りつかれたのもほぼ同時期だったはずで、自分がそれほど簡単に紙の文化を遠くに押しやった事に今更ながら怖さというか、時代の流れというものの力強さを感じずにはいられない。


 紙の本を買わなくなったと言っても文房具を眺めたり収集する癖は健在で、今でも定期的に書店には足を運んでいる。そして買わない事が分かっていても書店に行けば当然、コミックや小説のコーナーをぶらりと一回りするわけで。
 そんな折に、とあるハードカバーの小説が目に留まった。恩田陸の「スキマワラシ」である。
 別段、その場で思いがけず買ってしまった、というほどの衝撃的な出会いではない。恩田陸の作品は昔から好物だったし、「そういえば新作が出てたな」とか「あとからKindleで買おうか」とか、その程度の感覚で、最近の自分にしては珍しくその場で手に取ってぱらぱらと冒頭を読んだ。
 雑誌はともかくとして、紙の本、それもハードカバーを手に取るのは本当に久しぶりだった。
 だからなのか、書店を立ち去ってから何日も、立ち読みをしていたその数分間に覚えた形容しがたい快感が頭から離れず、電子書籍で買おうとしていた予定は結局取りやめて、次に書店に訪れた際に迷わずハードカバーのその本を購入していた。


 電子書籍を愛用している諸兄からしたら、きっと馬鹿馬鹿しい選択に見えるだろう。
 紙の本を読む事と電子書籍を読む事で何か差があると考える人は稀だろうし、しまう場所を確保しなければならない事や、持ち運びの利便性などを考えれば、紙の本の優位性は著しく低い。希少本や専門書でないならなおさら。
 家族や友人と頻繁に貸し借りする環境であれば紙の方がよいが、自分の様な独身の社会人にとっては言わずもがなだ。そしてそういう問題にしても、今後はアカウントの共有化とかそういう部分で電子書籍側も改善を図っていくものではないかと思う。


 しかしながら、今回買った本を読んでいる時に覚えているこの感情は何なんだろうと自分でも困惑している。
 それは恩田陸の「スキマワラシ」が単純に面白いだけではないのか、と思わないでもないが、別の自分は「いや、それだけじゃない」と訴えているのも分かる。
 明らかに、紙を手に持ち、触り、その上に刷ってある文字を目で追うという行為そのものが気持ちいいのだ。膝の上に置いて重みを感じるのも、ページをめくるたびに音がするのも、自分の心の奥にある欲求が満たされているのが分かる。
 これはiPadと対面して文字を追っている時には感じられなかった喜びだ。


 もちろん、だからと言って「紙の本の方がいい」なんて話にするつもりはない。先に書いた電子書籍の利便性は揺るぎないし、その作品の面白さは紙の本と電子書籍とで差が出るものでもない。
 今の自分の心境にしても、久々にハードカバーに触れたからこそ感じている部分は大きいと思われる。仮にこれからまたかつての様に自分が紙の本に回帰したとして、毎回こんな感動を覚えるものではないだろう。
 ただ何と言うか、iPadなどを通して「電子書籍を読む」という行為と「紙の本を読む」という行為は全く別種の体験なのではないだろうか、と今回の経験で何となく分かった気がする。
 それが具体的にどんな差異に繋がっているのかは見当もつかないが。


スキマワラシ (集英社文芸単行本)

スキマワラシ (集英社文芸単行本)