Dog ears

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無題

snartasa.hatenablog.com


id:snartasaさんが言及してくださったので、とりあえず雑感をば。

私が言っているのは「トランス女性のジェンダー・アイデンティティはいまでもたいてい自由ではないし、多くの場合にあるべき形に束縛されているし、私たちの多くは身体を自由に作り上げられる(かどうかはともかくとして、仮にそうだとしても)ようにジェンダー・アイデンティティを作り上げてなどいないからです。その意味で私たちは、私の知る限りではフィクションから自由などではまったくありません。シス女性が自由でないのであろうのと同じように。

(どちらが優れているといっているのではない。これらは理念型であり、現実には両者の論理はもちろん混在し得る)


 最後にこう書かれてる通り、その辺は千田氏も認めてるんじゃないですかね。これはあくまで理念型の、社会通念上の「自由であるべき」という大衆の認識であり、現実にはもちろんゆな氏の言うように様々なしがらみがありとても自由とはいきませんが、ジェンダーやアイデンティティに「こうあるべき」と過去の型にはめようとしている思想よりは、個人の特性に基づいて既存の型に縛らず認識しよう、という自由度のある向きの方が優勢であるのが第三期である、という主張でしょう。そういう意味で、少なくともこの部分に関しては、当事者の主観的な感覚に言及しているものではないのではないかと。

 *スマホのアプリで記事を書いた際、「見たままモード」に固定されてしまったので、はてな記法モードで記事を投稿し直しました。通知が2度いってしまって申し訳ない。