Dog ears

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無題

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 私が中学生になった頃、アイドルグループSMAPの「世界に一つだけの花」という曲が世間で流行っていた。「ナンバー1にならなくても僕らはオンリー1なのだ」という詩は非常にキャッチーで、不登校や引きこもり、うつ病などが社会問題として認知され出した当時としては、新しい切り口でものを見る面白い曲だと多くの人は思っただろう。それを裏付ける様にCDは飛ぶように売れ、「平成で最も売れた曲」なのだと言う。しかし大人になってからこの歌詞を眺めているといかにも子供じみた欺瞞が節々に目立つ。

 この歳になっておぼろげに分かるのは、「人間の市場価値」は当てにならないという事だ。容姿、性格、学歴、年収、趣味、そういったステータスの全てが100点の人間なら無論多くの人が太鼓判を押すのだろうが、そんな完璧な人間は存在しない。「いや中にはいるだろ?」と思う人は多いだろうが、私が思うにその認識は誤りで、存在するとすればそれは「100点に見せかけている人間」であり、人間社会で通用するのは「実際の市場価値」ではなくそうした「見せかけの市場価値」なのである。いつ、誰に、どのように評価されたいか。それが明確であれば、自分の市場価値を変動させることは言うほど難しくはない。

 この曲の幼稚なところは、そうした人間の「誤魔化し」を省いて人間の価値を説いているところだろう。歌詞では再三「誰かに笑顔をあげた」だとか「花を咲かせる事に精いっぱいになれ」と言いつつ、では誰に笑顔をあげたいのか、どこで咲きたいのか、という具体的な計画の重要性を示さない。結果、自分という存在そのものに価値がある「オンリー1」という無責任な概念に帰結する。

 別段この曲が原因とかそういう事を言うわけじゃないが、現代社会に生きる私達は、どうも私達自身を演出する技術に劣っているのではないかと思う。自分の実際の能力、内面、実務、そうしたものを数値で簡単に算出されるこの社会において、未来を計画するという意欲が薄い。シロクマさんは紹介している書籍において「自分のバリューを拡大させる事が現代人の関心のまと」と言っているが、私には寧ろ「バリューを平均値に固定して諦観している人々」の方が多いのではないかと思えてならない。