Dog ears

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 プロブロガー、その中でも度々炎上し悪名を広めている人の最大の問題は、「自分が大好き」という点に尽きるのではないかとこの頃思う。当たり前だが、仕事というものには基本的にルールがある。それはある程度不条理でストレスのかかるものだが、組織全体としてはそのルールがおそらく効率的に仕事を回しており、兎にも角にもひとまずはそれに従わざるをえない。それはつまり「自分を曲げること」であり、その通過儀礼でもって自分というものは確実に変わっていく。多分、そういう点が彼らは許せないのだろう。重要なのはあくまでも自分自身であり、自分の流儀を貫きたい。他人に合わせるくらいならそんな道は選ばない。そういうある種の「プライド」が彼らの原動力になっている様に思う。それが悪い事か?と言うと、まあ断言は出来ない。そういう頑固さでもって自分の道を切り開き成功する人というのは一定数いるものだし、「自分の思う通りに生きたい」という願望は誰しもが持っているものだろう。しかし同時に、そういう生き方は「自分だけの世界」に陥りがちになる。自分はこう思う。自分はこういう人間だ。そういう思考ばかりが先行して、知識や技術が身につかず、またそれを指摘し指導してくれる人間がいないまま、非現実的な手段や目標に固執し、ただ時間だけが過ぎていってしまう。結果として、組織に属し何も考えずそのガイドラインに沿って生きてきた人間の方が効率的に成長出来た、という事もままあるだろう。炎上して批判に晒されたけどPVや収益は稼げたし名前も売れたからハッピー。まあそういう価値観に染まっているならそれはそれで幸せな事かもしれないが、それはネットだけの話。よく「仮想と現実は違う」だなんて言うけど、それは「仮想」が本当に「仮想」ならの話だ。「ネットをやっている自分」という存在は仮想ではなく現実であり、そこには必ず何らかの影響が生じている。言葉の上で「批判なんてへっちゃら」と言っても、その性格は確実に変わっていく。最近のブログ界隈ではよく「ポジティヴは善」という感性で発言している人がいるが、ポジティヴという概念それ自体が歪なのだ。人間はどんな状況であれポジティヴとネガティヴ両方の視点を持っており、ポジティヴが増長すれば無意識にネガティヴも影響力を増す。いい事を言っている時こそ人は不安になるし、それは読者も同じ事。大げさな事を言えばその反動も大きくなる。人は変わる。炎上を繰り返しその愚を理解し次第に大人しくなる人は多い。しかしその逆はどうだろう。時たま成長する事が出来ないまま自分を大事にしている彼らは、一体どの様に変わっていくのだろう。その事を考えていると、人間というものの闇の深さを垣間見た気分になる。