Dog ears

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無題

 多くの人が時折見せる、「ブログで面白い事を書こう」という意欲が理解出来ない。彼らが一体何を見てそういう志向を持つのか想像出来ない。自分にとって、ネット上で最も重要なのは「面白さ」ではなく「情報」だ。誰がどんなに面白い物の見方を披露したところで、その記事の価値はマスメディアが垂れ流している一報のどれ一つにすら劣る。誰かが炎上商法で人の感情を逆撫でて有名になりました。誰かがユニークな視点から面白い記事を書いて評価されました。確かにそれはコミュニティの中では重要な事だけれど、別に「絶対必要な事」ではないと思う。「面白さ」を求める彼らはあくまで「芸人」であり、一般人が目指すべき目標とは思えない。にも関わらず、人は「ブログは面白くなくては意味が無い」と言う。それだけではない。彼らはブログを議論の場として捉え、自分が最も正しいのだという証明を試みる。「正しさ」なんて人の数ほどあるのに。このはてなに住み始めてから何年が経つのか。高校生に上がった頃から、彼らが必死で「面白さ」や「正しさ」を求める姿をただ漠然と眺めてきた。そのエネルギーは凄まじいものだと思う。自分一人がどうこう言ったところで彼らの有り様は変わらないし、変えたいとも思えない。承認欲。自己顕示欲。優越感。劣等感。義憤。嫉妬。そういうものに突き動かされて、人間はネット上で活動している。そういう事を考えていると、時々、「もう沢山だ」と叫びたくなる衝動に駆られる。面白さも、正しさも、価値観も、地位も、名誉も、自分が重視していた情報すら、もうどうでもいいのだとその衝動は主張する。人は物を捨てる事を断捨離と言って持て囃す。しかしそれを実行する事でも「しがらみ」は増えていく。本当に捨て去りたいのはその「しがらみ」なのに。そしてそれを捨てる方法は自分は多分知っている。一つの物事に集中する事。仕事をする、運動をする、作業をする。それらを突き詰めた先のほんの一瞬の、何かしらの脳内麻薬によって齎される無為の快感の為に人は生きている。きっとブログもそうなのだろうと今やっと思い至る。一度覚えた快感を、もう一度、もう一度、とせがんでいるだけなのだろう。それが人間の性だとするなら、幸せと言うべきなのか、救いようがないと言うべきなのか。