Dog ears

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カマトトぶって差別主義者を不思議がるのはもうやめろ - ここはお前の日記帳

差別する人は不幸かもしれないが、それは差別される人と同程度の不幸さです。
差別する人はクズかもしれないけれども、それは差別される人と同程度のクズ度です。

 言及されたので一応書くが、上記の部分は明らかな詭弁だよね。「差別主義者を不思議がるな」という意見には同感だし、あの黒人をことさら崇拝する必要なんてないが、「同程度のクズ」かどうかなんて他人が測れるものじゃない。差別している人間がどこにでもいる人間だと理解するのと同じように、「差別されている人間」もまたどこにでもいる人間であると理解すると共に、差別する事が相手にどの様な影響を及ぼしているのか理解する必要が当事者にはある。そこをすっとばして「どっちもどっちだ」と言うのは、発信者であるこの人にとっては中立でも、当事者には結局遺恨しか残さないし、それで差別がなくなる事なんてない。あと、何事にも動じない精神を養う事なんて人間には出来ない。どのみち差別はしてしまうし、されてしまう。持ち上げる事も、貶める事も、動物としての本能と言わざるを得ないし、人間というのは集団でものを言う動物なのだから、差別しないという事は猶更困難になる。だからせめて、「差別だ」と明確に言われた時くらいは、冷静になってそれを認めるくらいの器量を持つ事の方が重要なんじゃないかね。この人が誰にでも平等に接する事が可能で、そういう人間を増やせると言うなら別に強いて反論はしないけども。まあ結論としては、「差別主義者は○○な人だ」という見方が偏見であるという点については私達は同じだけども、「反差別」という工程の意義に関しては割れているという事なのかね。