Dog ears

更新時間 09:30、10:30、11:30、13:30、14:30、15:30、18:30、19:30

無題

障害者の権利 - Beyond the Silence

健常者と比べるとハンディを背負っているわけであるし、社会生活を送る上で一定のサポートは受けられるべきだ。それは障害者の正当な権利である。ただしそれは、社会の一員としての責務を果たすという前提があってこそではないか。

その障害の程度に応じて、他者に不必要な迷惑をかけず、社会全体としての幸福の総量が最大化されるように振る舞うように努力はするべきなのだ。できないのは仕方がない。しかし障害を盾に、主義主張を押し通すのは違和感しか覚えない。個人の行きすぎた要求により飛行機に遅延やトラブルが発生したとしたら、その損害は莫大なものになる。そんな飛行機に同乗したいとは思わない。

 じゃあ乗らなければいいじゃん、というのが大前提なのだが。件の人物の活動の是非は兎も角として、「障碍者を受け入れる」という事は「そのコストを許容する」という事であり、他人に迷惑をかけるのは当たり前なのだよ。何故なら、障碍者というのはその迷惑以上のハンディを負っているのだから。健常者はこの話で飛行機に乗る時だけの手間を考えているのだろうが、自宅から飛行場に行くまでにも彼らは苦労しており、一方、健常者は何かしらの苦労をしているか、行動を最適化する上で相応のストレスを抱いているかと言えば、そうじゃないわけで。人間の性質として、一方が何不自由なく出来ている事が他方では努力を強いられるという前提があるのだから、何かしらの齟齬はあって当たり前なのだよ。「権利には義務が伴う」というなら(この理屈はそもそもが間違いであり差別の温床なのだが)それは健常者にも当てはまるのであり、「変な障碍者に迷惑かけられるの嫌だから飛行機乗りません」と言うなら「どうぞご自由に」としか言えない。そしてもっと言うなら、健常者同士であっても、何かしらの背景により理不尽な迷惑が降りかかったとしても、相手を理解する余地は残しておかなければいけないと思うよ。何故って、それは自分にとってはその瞬間だけの問題でしかなくても、相手にとっては人生に終始付きまとう問題なのかもしれないのだから。

 追記。なんか書いていてひどく不毛な気がしてきた。と言うか上手くまとめられない。この種の問題はいつ考えても「他人の障碍は理解出来ない」という結論に至る。私の場合で言えば、発達障害と統合失調と不安障害の合わせ技で迷惑をかける時はとことん迷惑をかけるし、相手にはそもそも私の性質を理解出来ず、それどころか私に病気や障碍があるという点にも気付けないものだと思う。そして私は基本的に「自分のために」それらの問題を避ける様に振る舞うのであり、決して「社会のため」とか「人に迷惑をかけないため」ではない。それが人間として当たり前なのではないかと思うし、だから多少人に迷惑をかけている障碍者を見ても何の不思議も感じない。自分の問題だけでひどいストレスに晒される毎日なのに、更に人から「迷惑をかけない様に生きろ」とか言われても他人事だと思って馬鹿じゃないのかと正直思う。

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