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Dog ears

更新時間 09:30、10:30、11:30、13:30、14:30、15:30、18:30、19:30

無題

年末年始が慌ただしく過ぎていった。正直、ブログの事はあまり考えずに過ごした。いつも通りのトレーニング、バイクに車、小説を数冊買って深夜まで読み耽った。お酒も結構飲んだ。ワインにスコッチ。ワインの選び方はこの歳になってもさっぱり分からないが、今回は当たりを引いたようだ。ちょびちょび飲んで、酔うか酔わないかという微妙なところを漂いながら、ふと、ブログを更新しなくていいのかと気に留める。年末や年始の挨拶?一年の抱負?RSSに目を向けるとそういったブログ記事で溢れている。何か書くべきだろうか?と一瞬思うが、面倒臭さが先に立ち思い留まる。思えば、去年はブログに対する諦めの年だった様に感じる。思った事を書く。それはいい。健全な在り方だ。だが、そこにPVや広告収入などが絡むと、途端に卑しい行為に変わる。主張があるから書いていたものが、書く事、ひいては目立つ事が目的に置き換わり、派手なタイトルをつけ、強い言葉を使う様になる。ブログは今や自己アピールの場になり、芸能人の真似事がしたい人間で溢れている。もちろん、これは極論だろう。目立っている人間の全部が全部そういう人ばかりではない。そう頭でわかってはいても、一度そういう認識をしてしまうと、ブログ全体がなんだかくだらないものに思えてしまう。これまで何度も書いたが、私は目立ちたくないし、PVなんて要らない。自分一人しか閲覧者がいないとしても、死ぬまでこのブログを続けていける。この場所では見栄も世間体も気にせずありのままの自分でいられるのだ。しかしどうも、世間一般のブログというのはそういうものではないらしい。と言うか、これは別にブログに限った話ではないのだろう。今やネット全体が、そういう傾向になりつつある。炎上に次ぐ炎上。他人の不幸は蜜の味と言うが、テレビのワイドショーの如く、ネットでもやはり人はゴシップを好み、それに言及出来るという事が嬉しくてたまらない。それは自分も例外ではない。普段はそんな事は全くないたまいう顔をしながら、いざ問題の記事を前にするとそういう自分が顔を出す。人間の本能とも言えるその行動は、後から考えるとやはり稚拙であり、別の見方はいくらでも出来る。しかしネットというものはその当時の言葉がそのまま残り、それが自分の意見の全てであるかの様に扱われる。そしてブロガーというものはその性質を逆手に取り、自分という存在を言葉で捏造する。ありのままでいたいと謳いながら、自分という仮面をせっせと作り上げる。まあ、人間というのはそういうものなのだろう。言葉を巧みに使い、いかに影響力を行使するかでその人の本質は定義される。情報的な生存戦略。つまり政治だ。私達は知らず知らずのうちに政治というものの面白さを学んでいるのだろう。そしてそういうパワーゲームがいかに中身のないものであるかも体現しているのだ。

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