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Dog ears

更新時間 09:30、10:30、11:30、13:30、14:30、15:30、18:30、19:30

無題

 18歳の若者の行動を馬鹿にしつつ、自分が18歳だった頃の事を思うと、びっくりするくらい何も感じない。あの頃は本当に生きるのが嫌だった。学校にも家庭にも居場所が無く、病気ばかり進行して、誰にも相談出来なくて、何かある度に「俺を殺してくれ」と独り言を呟いていた。小学生時代から積み重ねられたあらゆる失敗の集大成だ。褒めるべきところが何も無く、醜さだけが際立っていた。だから、今思い返してみても、感じ入るものが無い。青春なんてものは無かったし、逆に「ああしておけばよかった」なんて楽観的な希望も無かった。ただただどうしようもない愚図な自分がいて、どう足掻いてもお前はお前だったのだろうなという諦めしか感じない。だから正直、それが「過去の自分」であるという実感が無い。二十歳を過ぎた頃から少しずつ環境が変わってきて、病気もいくらかマシになってきて、人生というものを実感する余裕が生まれた。その時になって初めて今の自分が現れた様に思う。と言っても、生まれ変わったわけではない。自分の一部は確かにあの頃の自分と繋がっていて、今も少しずつ歪んでいっている。統合失調症の症状の一つに幻聴があるが、最近はどうもそれが多くていけない。そういう過去の切れ端が節目節目で表に出てきて、あの頃の痛みが一瞬蘇る。人は嫌な思い出を黒歴史と呼び恐れるが、自分の場合、どうもそれが多すぎるらしい。十代の頃のどこを思い出してもそういう記憶に引っかかるし、今も全く解決せず蓋をしている問題も多くある。そりゃ痛みが消える筈ないよなと嘲るしかない。あの若者はレールに乗せられた普通の人生が嫌だと言ったが、私は、その普通の人生がどうしようもなく羨ましかった。普通になりたい、皆の様に楽しく生きたいと、何度も何度も泣き腫らした。あの渇望を私は一生忘れない。

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