無題

 空襲の体験談を聞いて号泣する漫画を眺めながら、それをもって「戦争」と感じられる感性に違和感を覚えている。確かに、空襲の記憶は重要な見地だろう。だが、それ以前の日本の行動、例えば中国との戦争に人々が関心を持たないのはどうしてなんだろうか。日中戦争において中国の民間人が何百万人殺されたと思っているのか。南京の虐殺の論争をするのは構わないがあの事件はあの戦争のただの過程に過ぎなかったのは明らかで、民間人を殺しながら進軍していた事実をどう考えるのか。昨今話題の従軍慰安婦にしたって、戦時中に限って言うなら、そのシステムが機能していた保証はどこにもない。何故なら慰安婦の列に首を長くして待つよりも、民間人を捕まえて犯した方が遥かに容易だったのだから。そしてそんな中で慰安婦がマトモな扱いを受けたと本当に思っているのか。あの当時の日本軍がどういう存在であったか、きちんと考えようとしているのか。現代人の、戦後に誂えられた民主主義の思考で考えても無駄だ。戦時中の日本は明らかな軍国主義であり、軍部が政治から切り離されていた国なのだから。敵と民間人の区別が出来ない不安と上官からの突き上げと中国人蔑視の教育から彼らがどれほどの事をしたのか、現代人は認識しようという気はあるのか。そもそも、あの当時の中国人はどういう人たちだったと思う?国民の三分の二が中流階級となった現代中国とはわけが違うぞ。まともな教育と生活ができていたのは上流階級のほんの数パーセントで、残りは貧困に喘ぎ税に搾取されていた哀れな人々を日本は蹂躙した。ナチスドイツの非道は多少なりとも理解しているのに、日本の過去の話になると原爆と空襲と沖縄の話になるのはどういうわけだ。ーーそういう、憤りの様な複雑な感情を学生時代から抱いている。

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