無題

 自分の様な若い世代が「理想の社会」を語ると、決まって「働かなくてよい社会」の像が浮かび上がる。機械が発達し人間の担う仕事が減って利益を平等に分配し誰もが遊んで暮らせる明るい未来という様な、まあ、ユートピアなのかディストピアなのかよく分からない理想像が持ち上げられ、「好きな事をして生きる」のだと彼らは言う。確かに、それは素晴らしい世界だ。実現出来るかどうかという点は抜きにしても、趣味にだけ没頭出来る人生というのは中々魅力的だと思う。でも正直、それで心躍るかと言われるとそうでもない。皆が好きな事をする社会というものが本当に実現したら、誰も見向きもせず、誰も助けようともしない、取り残された弱者が必ず出てくる筈だ。理想は完全には実現せず、つまり特権階級の様な何かを生み出して、弱者から搾取し続けるという構図に必ずなると私は思う。何故なら、少なくとも現代においては、機械より人間の方が安いからだ。そしてまた、仮にその構図が崩れて機械が人間の仕事を全面的に担う様になったとしたら、そこにあるのは福祉が不十分なまま仕事を取り上げられた就職難民でしかない。おそらく利益は独占され、既得権益が「おこぼれ」で分け与える極僅かな糧でもって私達は甘んじて生きる事になる。そしてそんな世界が実現して時が経てば、私達はそれを当たり前の事として受け入れ、反抗する意思さえ持たなくなるだろう。その結果が「(限られた自由の中で)働かずに好きな事をして生きられる社会」というわけだ。と、まあ、これはこれで相当な極論なので別に反証として持ち上げる気は無いのだけれど、ただ一つ言っておきたいのは、「健康を損なった人間は早死する」という事実だ。働かず好きな事をして生きるだけの人間が増えれば病は絶対に増える。これは自分が一時期ニートをやっていた頃に感じた切実な恐怖だ。運動不足は肥満を招き内蔵を老化させ、部屋に閉じこもればコミュニケーション能力は衰え精神疾患を育む。未来がどんな社会であるにしろ、自己管理能力に欠ける人間の場合、人はある程度管理された環境に置かれた方が健康的に生きられる。問題はその「管理のされ具合」の調節であって、「全く管理されない環境が最高だ」という意見は、正直、ひどく幼稚なものと言わざるをえない。

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